Bonne nuit(HR/モブ回)
あれはブラック・ライヴズ・マターの嵐が吹き荒れる一年前だった。 真冬のフロリダで起きた元警官の殺しのニュースは俺達の街でも聞こえてきた。ただ黙ってたら、ああいうのは悪い風邪みたいに流行るだろう。 ピリピリしてたオヤジが言うんだよ、俺に。オフクロを泣かせたくなきゃ、お前みたいなガキは、用がなけりゃ、日が落ちたら外に出るな、ってさ。 ”あいつら”には俺達の年なんて関係ないんだから、って。 そんなことってあるか? 俺は遊びたい時には遊ぶし、家に居たい時にはいる。でも親の言うことも半分だけ聞いとこうと思って、なるべく電灯のある路地を避けながら、大勢人がいるところにいようと思ったよ。 逆じゃないかって? いや、今更こんなこと言いたかないけど、黒んぼだと分かると撃って来るヤツだっているんだよ。
長いこと、アイススケートのリンクは俺達には鬼門だった。 分かるだろ。あんなのは白人のお遊びで、俺達には高級品だって言われてた。 バスに一等席と二等席がなくなったところで、車を持てる奴らとバスにしか乗れない俺達が生まれただけだ。 そりゃ、いいとこの生まれなら別さ。でも、プロになっても好かれない。 俺の周りにいる奴らは、皆バスケが好きだ。アービングやウィリアムズがドラフトでトップの成績で指名されるのを見て歓声を上げるんだよ。 だから、俺もずっと興味なかったよ。教室の半分が、メトロズが勝っただの負けただの言っててもさ。あの頃、偉大なウィリー・オリーの名前すら知らなかった。どんなだったか、分かるだろ?
転機は突然やって来た。 そいつは、くすぶってた俺の足元に、ふわっと落ちて来たんだ。 炎に炙られて灰で煤けたイリヤ・ロザノフ人形が。 どれだけホッケーに疎い俺でも、白いユニフォームがレイダースのものくらいの知識はあった。 その人形が着せられてた栄光の八十一番の白いユニフォームが、ほとんど真っ黒になっててさ、顔も真っ黒。 とっさに思ったんだよ。 こいつも黒んぼだから焼かれたのか?って。 背中に掛かれた苗字は半分焼けてすっかり見えなくなってたし、ロザノフが白人だったことも知らなかったよ。 とにかく、あの頃は、何もかもに腹が立ってた。自分が子どもであることも含めて。 でも、何もしないでいるわけにはいかないって気持ちになったから、次の日には親に黙って、アイスリンクに立ってた。 金がないけどホッケーをやってみたいって言ったら、コーチは分かった、と言ってくれた。 たまたま、リンクのない地区に引っ越しするってやつがいて、当時の俺はヒョロいノッポのそいつと体格が似てたんだ。運のいいことにな。 初めて神に感謝したよ。 短い間の、補欠の穴埋めだってかまわなかった。 防具は窮屈だし、スケート靴も履いたらつま先がきつかった。それでも、ホッケーをするための準備は整ったってわけだ。 次の週には、ロザノフが黒人かそうじゃないかってことはもう俺の眼中になかった。あの黒いパックを奪い合うことに夢中になってた。
ああ、この間、本人にも会ったよ。 あのイリヤ・ロザノフも、今や、すっかりおっさんだ。 それでさ、
え、ロザノフじゃなくて、俺の親の話を聞きたいって? 話すようなことなんて特にないさ。いい大学に行ってたわけでも、人に誇れるような仕事をしてるわけでもない。 でも、きょうだい達をちゃんと高校を出るまで養ってくれたし、外で何かあっても、家族に当たり散らすことはなかった。 大人になった今は、それだけのことが物凄く大きなことだと思うもんだ、そんなもんじゃないか? 若い頃は反発もしたよ。進路にも口出しされたしな。 オフクロはともかく、オヤジは、バカな真似をしやがって、って思ってたと思うよ。(それに、顔が真っ黒になったロザノフ人形を玄関に置いてる息子って、なんか怖いだろ?)
あれだけ毎日通ってたバスケのコートはすっかりご無沙汰になって、前の年のクリスマスに買ってもらったナイキのバスケシューズは、ほとんど履かないうちにサイズが変わった。 オヤジが夜勤して金を工面したことは知ってたから、大事に履くつもりだったのにな。 子どもってのは残酷だ。 さて、そろそろ時間かな。
最後にひとこと。 レイダースでの一位指名は本当に嬉しい。
宿敵のホーム、モントリオールからやって来た俺だけど、ボストンのチームとファンに、心からの忠誠を誓うよ。 これからもよろしく。