チーズクラッカーあげます(アボカドソースたっぷりのスペアリブ添え) K/A
フロッグスター系第三惑星。 惑星には、数分前から奇妙な兆しがあった。 それは、点だった。 現れたとき、遠くを見たものが鳥だと思った。 その大きさがただ鳥ではありえないと気付いたとき、周りの異星人達がざわつき始めた。 巨大な、宇宙船とも移動式の都市とも見分けが付かぬものが北東方向より接近している。 日が沈む場所が西とすれば、北極星のようなものが見え、どちらかと言えば太陽が昇るにつれて遠ざかっていく方角から、その奇妙な物体は現れた。
カーンは、ラジオ中継でその動く災厄のようなものを乗り継いでやってくる盗賊団のような者たちのことを聞き知っていた。 宴会を愉しみたいがために、酒やそれに類する類のものを、強奪、着服する輩だ。 盗賊団が次にどこに現れるか、それを賭けにしているものがいる。 人は誰でも犯罪を犯すことが出来るが、法を犯した上で、その法の手から自分を守ることが出来るものは、えてして権力の中枢にいるものたちだ。 賭けを飯の種にしているわけではなく、賭けという手段でもって己が財、それも既にどっさり構築されたものを増やすのだ。 虎の子というのは貧乏人だけで、元手があるものは、金を細胞増殖のように増やすことが出来る。 彼らは新しいワインの出来が良いというニュースを餌に、自分達が住まう惑星に、災厄の種を蒔いた。 安穏と生きている彼らを闇に乗じて掃除する計画があったが、それはアーサー・フィリップ・デントの知るところではなかった。
宇宙船の床は好き勝手に揺れ動き、カーン・ノニエン・シンの動きを鈍くした。 船内に自動転送装置を保持しているものがいる、という情報を得たのだ。 既に壊れている装置を修繕しようにも、それを修繕するパーツは酷く特殊なもので、修繕用の道具も職人用になる。 おいそれとは手に入らないものだ。これほど早く見つかるとは、とカーンは思いながら、船の立て揺れに耐えていた。 フロッグスター系第三惑星の住人たちは口が軽く、操作が容易な自家用機を持つ人口が多い。 無論、こうした大きな宇宙船めいたところにも、戦闘機の発着場のようなものは設えられている。そうしたカーンの狙いは当たっていた。 船尾に並んだ統一感のない移動用機。その只中に、カーンは乗って来た少人数用のプロペラ機を着地させた。 カーンは、この奇妙な船を解体するつもりでいた。 勿論、欲しいものを手に入れた後に、である。 珍妙な模様の入った白地のタオルで目隠しをした男が、向こうからふらふらと歩いてくる。 ガウンに隠された身体は、だらしがない贅肉をつけていることが一目で分かる。 軍人のような気配、訓練され、不自然に押し隠された殺気は、その動きからは感じられなかった。 それでも、カーンのもくろみを邪魔立てするために現れた敵である可能性を、カーンは一瞬だけ考えた。 身体に目立った欠損や病の兆候もない男の奇矯な振る舞いがパーティーのただの余興であろうと、排除するにやぶさかではない。 カーンが脚を踏み出した瞬間、その男は、カーンの目の前で滑って転んだ。 つるり、と。 しかし、男は臀部を床に打ち付けて痣を作ることもなく、ぷかりとその場に、浮いた。滑った拍子で、目の前の床には、男の目に掛けられていたあのタオルが落ちている。 なぜ、何もない場所で倒れることがある。 カーンは、その場で腕を伸ばして銃器の標準を合わせようとしていたが、驚きと呆れでそれを取り落とした。 「タオル、タオル。」と男は独り言を言いながら腕を振り回している。 金糸で月桂樹の刺繍がしてあるナフキンを首から提げており、それは、男が手を振り回すたび、風に煽られているかのようにひらひらと動いた。 カーンは、そんな男の行動に気を取られていた。そうとしか言いようがない事態が起きた。 腕を、差し出していたのだ。 結果、カーンは、気づけば男の足の甲をはっしとつかみ、胸元に引き寄せるようにした。 紛れもない愚行だ。 「だ、だれ?」 「誰でもない。」 「ノーバディ(誰でもない)? それって、もしかして新しい楽隊の名前かい?」 ぱっと手を足から離すと、男は引き寄せられるようにして、床に落ちたタオルを手繰り、カーンの隣に浮かんでいた。魔術のように。 「……。」 「演奏家、もし打楽器係が不足しているなら、ぼくを雇ってくれないか?」 スリッパがぶらぶらと宙に浮いて、「ぼくはアーサー・フィリップ・デントだ。」と男は言った。 「ジョン・ハリスン。」とカーンは名乗る。そうせざるを得ない。 なんたる注意力の欠如か。 男は、英語を操っていた。 「よろしく。」 あ、手が届かないと能天気な面を向けている男が、この宇宙に生き残った人類であるという可能性は低くはない。 それにしてもカーンは、この目の前の男が知的生命体であるということを俄かには信じがたかった。 「えへへ。」と頭を搔きながら、倒れ伏した場所から起き上がった。 髭が伸び放題の汚れきった顔。 緩んだ顔つき。 言うなれば、カーンが敵意をぶつけるにも値しない存在、である。 「どこの星から来た。」 情報を得ることが肝心だ、とカーンは私心を腹に隠し、口を開く。 「地球を出て、色んなところを点々としてた。」 デント、と名乗る男はそう言って笑った。 地球出身となれば、カーンの中で疑念に留まっていた推論が当たったも同然だった。 ここで翻って敵意を見せるのも茶番のようだ。だが、カーンの心は波立つ。 そして輝くばかりに洗濯されたタオルに視線を移して、カーンは得心した。 草臥れ切ったガウンと対比して、このタオルの美しさ。 このアーサー・フィリップ・デントなる人類を手足として自在に操る上位存在の可能性がある。 意思疎通が出来ないのであれば、あるいは特殊な方法でしかコンタクトが取れないのであれば、こちらから考慮するしかあるまい。 カーンはそう独り決めして、タオルの方をジッと見つめた。
アーサーには、それが気難しい芸術家の沈黙に思えた。 しかし、人類風に見える異星人を相手にするのは初めてじゃない。 「さあさあ、楽隊のところに行こう。オリーブオイルもワインに化けちゃったもんで、ぼくはいつでも出入り自由になったんだ。少しづつ水で薄めても、誰にもばれない。中じゃ飲み放題だから、ワインとビール、両方を楽しんでもいい。」 「仕事が済めば、直ぐにここを離れるつもりだ。」 長い顔をした男は言った。 そういえば名乗りを聞いたことを思い出した。 名前はハリスンとか、ハリソンとか、……ええと、ジョンか。ジョンと言ったら怒りそうな神経質そうな顔をしている。 同年代に見えても相手は宇宙人だ。 逆上したらどうなるか。 それに、一度となく繰り返した自分の名前を忘れられるのと同じくらい、あるいはそれ以上に、話していた相手に突然失せろと言われるのは気分のいいものじゃない。 相手が良さそうに見えても悪そうに見えても、どのみち油断はならない。 「演奏が終わったら、パーティの外から空や地上を眺めてみるといいよ。最初は胃がひっくり返るけど、悪いもんじゃない。」人生が嫌になったら、とアーサーは心の中で注意書きを付ける。「雲ってさ、地上で考えるほどに暖かなものじゃないし、ひんやりと湿気てて涼しいだけで、甘くもないけど、パーティーの空気を嗅いでるとそのうち嫌になってくる。」 気がつけば、男は沈黙していた。地球が爆発したことを話しても、聞いてくれるのは自分のことを話したい連中だけだ、ということをアーサーは急に思い出した。 「えっと、話が逸れたな。」 アーサーは口を開きながら、目の前の男の職業を思い出して、君が何も自分のことを話さないからだ、と言う代わりに、「そうだ、早く君の腕前を披露して欲しいもんだ。」と言って笑った。お追従というやつだ。 全く、口が曲がりそうだ。 こういうのはイギリス人には不向きだ、とアーサーが思っていると、「演奏?」と男は冷ややかな声で言った。 「演奏はしない。」 「じゃあコーラス? それなら喉を大事にしないと。ハリソン、酒は飲めるのか?」 ビールを一杯空けるのと、人生を楽しむのは両立できない。昔はそんなことを言ったやつもいたけど、などとアーサーは長舌を披露し続け、既に中でワイングラスを二杯空けてしまっていることを男に告白した。 男は、ハリソンと言う名で呼ばれても構わないらしい。 映画スターでそんな名前の男がいたな、とアーサーは思い出す。 「新しいワインが外部から供給されたばかりで、普通なら賑やかなパーティーがらんちき騒ぎになるところだった。けど、それどころか、みんな新しいワインを飲むなりぐっすりと睡眠を取り始めたんだ。集団催眠みたいに、みんなぐうすか寝ちゃってる。おかしいけど、こういうこともたまにはあるんだろうな。テレポート室に行くよりも酷い二日酔いになるようなワインを飲まされることもあるらしいけど。」 アーサーは、新しいワインに殺到する人間がばたばたと折り重なって眠り始めてから、その人群れを掻き分けて、ワインを少しだけ確保したのだと男に告げた。そうすると、男は眉を上げてアーサーの話しに耳を傾け始めた。 「眠らなかったのか、ミスター・デント。」 カーンはアーサーのタオルを引っ張った。 親愛の情を示しているようにも見えるが、人のタオルでヒッチハイクをたくらむ輩かもしれないぞ、とアーサーは警戒して彼からタオルを引っ張り返した。 「アーサーでいいよ。そういえば、その前に、テーブルの上に残っていたパセリを食べたな。他に食べるものがなくて。」 そのパセリが、実はパセリではなく、フロッグスター系第三惑星では下剤に使われている妙薬であり、巡り巡ってアーサーの体内でワインに仕込まれた睡眠薬の解毒剤になっていたことを、アーサー本人は知らず、気付いてもいない。 何しろ、アーサーにはアルコールの酔いを加速させたように思えただけなのだ。 宙に浮かび損ねて身体に残っている打ち身や腰痛を和らげているという効用に気付くのは、夜、眠りに就く頃だろう。 「戻ったときに、チーズを載せたクラッカーがあるといいな。」 「テレポート室というのは?」 「ああ、実時間を守れキャンペーン、っていうのがあってさ。銀の、いや、やらなきゃならないことは君には教えられないんだった。後でレポートを書くよ。詳細なやつを。テレポートなんて、正気の人間がするもんじゃない。もう一度やれって言われたら、まあ、頼まれたらやらないことはないけど、少なくとも、ぼくは紅茶が飲めるような場所に移動するぞ。」 フォードに接するようないつもの気安さで、アーサーは彼の手を取って導いた。 酒のある方向へ。 酔っ払いの身体を踏み越えて。
STID+銀河ヒッチハイク