May I ask why you found out ...(HR/ホラノフ)
いくつもの小さな額に、シェーンの子ども時代の一部が収まっていた。 そこにはホッケーの防具を身に着けた幼いシェーンがいた。 庭のビニールプールで水浴びしたり、片手にフォークを持った食卓の風景もある。 日常を切り取った写真が見せる幼い頃のシェーンの姿は、どこにでもいる子供に見えた。 シェーンが片付けをしながらデイヴィッドと話し込んでいるので暇を持て余して写真を見ていると、「これは、中学の頃。」とユナが奥から新しい写真を持って来て見せてくれた。 ピュウ、と口笛を吹くと、ユナが鼻のところに皺を寄せた。 シェーンの彼氏として、減点五点ってところか? 写真の中のシェーンは、自分がキャプテンでいるのが当たり前、と言わんばかりの様子だった。 この時期は、生意気すぎるくらいがちょうどいい。 「可愛いな。」 「そうね。」 ここにシェーンがいたら、ボーイフレンドの実家って、最高!って言うべきだったか、と尋ねることも出来たけど、待っても援軍は来ない。 台所からは、シェーンがデヴィッドと話し込んでいる声が聞こえて来る。クソヘイデンの子供の出産祝いに何を贈れば男らしいと思われるかという議論で親子が白熱しているところに、付き合ってまだ十年足らずのボーイフレンドが入っていくのは至難の業だ。 「今の面影がある。」と言うのが精いっぱいだ。 「シェーンは、この頃からキャプテンになりたがってたけど、今ほど身長が伸びなかったの。」 「へえ。」 もしこの頃に出逢っていたとしたら、俺達の関係はどうなっていただろう。どのみち、試合で叩きのめして、負かせてやりたいと思ったに違いないが。 「聞いていいか?」とユナに尋ねる。 「家族の時間に話せる範囲のことならね。」 「……。」そう言われると微妙だ。 「シェーンのこと?」 「そう。ゲイだと薄々気づいてた、ってさっき言っただろ。」 「ああ、そのこと。」 「これまでにも、ローズ以外にガールフレンドが何人かいただろ。なんとなくで気付くものか? それとも、親だから?」と質問すると、ユナはこちらを見た。 「それは、好奇心で聞いてる?」 「そうだな、好奇心かも。……つまりその、俺の家は母が早くに死んでて、」 「ごめんなさい。」 「いいんだ。ただ、母はいないけど、代わりに、長く付き合いの友達が、俺より先にシェーンに対する俺の気持ちに気付いた。」 「それって、女の子?」 「まあね。」彼、という単語を口にしたスヴェトラーナの哀しそうな顔を思い出した。セックスはするけど、それでも彼女との関係はずっと、幼い頃から続いている友愛の延長だと思っていた。 「それで、もし母さんが生きてたらやっぱり見抜かれたのかと。」 多少のバツの悪さを感じながら鼻の横を掻くと、そうね、どうかしらね、とユナは言った。 「シェーンが子どもの頃は誰とも長続きしなくて、ただホッケーに夢中なんだと思ってたわ。大人になったら変わるだろうって。」 「それで? プロになっても誰も本命を連れて来なかったから気づいた?」 「違うわ。」 「じゃあ、何が理由?」 「理由はいくつかあったけど、ヒントを与えてくれたのはあなたよ、イリヤ。」 「俺?」 「そう。気づいたのはもっと後になってからだけど。ルーキーシーズンに、個人で50ポイントを獲るって言ったのを、あなた、覚えてる?」 「……そんなこと言ったか?」 「言ったわ。」とユナが断言する。「あの頃、ホッケーのニュースを追うのは週刊誌や新聞から、即時性を優先して、インターネットでの記事や動画サイトでのインタビューに変えていた。その頃に見た動画で、あなたがいつもの感じでテレビに向かって挑発的にしゃべってたのよ。もちろん、家族で話題にした。」とユナは腕組みした。 「それで?」 「確かに、シェーンはあの時、ユーチューブにハマってるけど、あなたの動画は見ていないって言った。それで、天敵のインタビューを見ないのなら、動画サイトで他に何を見るの、っていう感じで聞いた。そしたら、年頃になった息子が眉も動かさずに言うのよ、『安心して、ポルノビデオばかりの世界だけど、僕はアルゴリズムに勧められた動物の動画を見てるだけだよ、母さん。』ってね。……その返事が、元から準備された言葉に思えたのが気になった。」 「なるほどね。」 「もしあの年頃の子が動画サイトを使うような方法でユーチューブを使っているとしたら、親に素行不良を問い詰められてると思って、そもそもポルノなんか見ていないって大袈裟に誤魔化すでしょ。さもなくば、何を見てようと親には関係ないって開き直るか。あの子、顔色ひとつ変えなかった。」 「試合じゃ有利になるあいつの面の皮の厚さも、時と場合によりけりってことか。」 シェーンは、いい年した一人暮らしの男がウサギが駆け回るような動画を見てる方がおかしいって思われる可能性にはちっとも気付いてなかったらしい。 「そういうこと。」とユナは肩を竦めた。 「あいつ、昔から嘘が下手だったんだな。」 「あら、惚気?」 「そんなんじゃない。」 今度はこっちが肩を竦める番だ。 嘘が下手で、自信家のくせに、自分の望みを言わない。 本当の望みの代わりに、他の女とは結婚しないで欲しい、一緒にチャリティーをしよう、と俺に言う。 シェーン・ホランダーは世界一間抜けな男だ。 だから、イリヤ・ロザノフみたいな、怠惰で、嘘を吐くことだけが上手な男に惚れてしまった。 「瞑想するって言われて信じた?」 「半分は。……あの子がまさか誰かを連れ込んでいるなんて、思いもよらなくて。」 「とんだサプライズだったな?」 「いい方のサプライズよ。人生で五本の指に入るくらいのね。」 「デイヴィッドが、もし誰か連れて来るなら私たちにちゃんと紹介するはずだって言い張ってたけど、そんなことにはならないと思ってたから。」と言って笑った。 「イリヤ、他に聞きたいことは?」 「そうだな……。」 何にしようか、と目の前の写真を眺めたときに、ふと気づいた。 「もしかして、あいつが試合に負けたときの写真は撮ってない?」 「ああ、あの子にとっては屈辱の記録ね。ついこの間までは、このあたりに飾ってたけど、」とユナが指を差した壁の逆側には、2015年のシーズンに優勝カップを掲げるシェーンの姿を大写しにした写真があった。家族写真というより、雑誌の切り抜きか? 「額が新しい。」 よく見れば、いくつかの写真を外した跡もある。 「そう。」 シェーンとの血のつながりが分かるような顔立ちではないが、弧を描くその口元を見ると、やはり彼女がシェーンの親だと分かる。(ときどき自信たっぷりに笑うところもだ。) 「残念だろうけど、シェーンが前にここに来た時に、気に入らない写真をいくつか外してしまったのよ。もういいだろ、って言ってね。脳震とうを起こして試合に出られないのが悔しいのかと思ってたけど。で、代わりにこういう写真。」 「そうか。」 病院で、コテージに来ないか、と俺を誘ったときには、薬でぼんやりしているように見えた。 その後回復してからは、メッセージをやりとりしても、ハンターとアドミラルズの話ばかりで、シェーンの方で話題を避けているように思えた。 「今思えば、あなたがここに来て、こうして並んだ写真を見るのが分かってたみたい。」 「どうだろうな。」 俺がここに来ることを確信してた訳でもないだろう。 「でも、結果的にはそうなった。」 ユナは、シェーン本人の代弁でもしてるように、勝ち誇ったような声で言った。 「ホランダーの勝利だ。」 モスクワ行きのために準備していた荷物のほとんど全部をベッドルームの中に突っ込んで、ここへは、ほとんど身一つでやって来た。 衝動的で、ばかげてると思った。 怖くもあった。 けれど、こうなった今は、自分の選択が正しかったと思う。 ユナは意外そうにこちらを見上げて「……あなたにとってもよ、イリヤ。」と言葉を返して、そっと俺の腕に触れた。 ありがとう、と言ってユナを見つめると、ユナは、眉をあげて「あらやだ、なんだか妙な感じね。」と言った。 「何が?」 「あなたが自分で着ている間には見えないでしょ、これは。」とユナは俺の胸元を見つめた。 「少なくともこの十年、私はボストンのTシャツを着てる人間に優しくしたことがない。」 儀礼上の挨拶は交わすけど、とユナは肩を竦めた。 ……あ、そう。 話しが妙な方向に転がらずに済んで、ホッとした。そうでなければ、恋人に浮気していないことを抗弁する羽目になったはずだ。 「今日はユナ・ホランダーにとって記念すべき日だ、と言うべきだな。」 「僕もそう思う。」 キッチンで食事の片付けをしていたシェーンとデイヴィッドが戻って来ていた。エプロンを脱いだデイヴィッドは、片手にスマートフォンを持っている。 「イリヤ、電話番号とアドレスを教えてくれないか。」 「え?」 「せっかく知り合ったんだ。それに、まだしばらくはシェーンのコテージにいるんだろう。」 「そうね、蜜月の邪魔はしたくないけど、シェーンの料理の腕じゃ不満みたいだし。」 「母さん!」 「いや、ちゃんと食べられるものは作って貰ってるよ。」 「イリヤ!」 これは俺の番号、とデイヴィッドに電話番号が表示された画面を見せる。 目を細めたデイヴィッドが、こいつはシェーンのスマートフォンより画面が暗いな、とキーを打つのもおぼつかない様子を見ていると、こっちはこっちで親子そっくりだ。我慢が出来なくなって、「貸して。」と取り上げた。 「ほら、一分で終わる。」と登録の終わった電話をデイヴィッドの手の中に戻す。 「後で適当にメッセージを送っておいてくれ。」 「あら、便利ね。私のにも登録をお願い。」 「いいよ。」とユナのスマートフォンを弄っていると、「ロージー?」とデイヴィッドが素っ頓狂な声をあげた。 ああ。言うのを忘れてた。 「ふたりとも暫くの間は、俺の名前をそのまま登録するわけにもいかないだろ? 俺がこっちのチームに移籍出来たら、その後で好きに変えてくれ。」 「なるほどな。これなら気づかれない。」とデイヴィッドが苦笑した。 「まさかと思うけど、シェーンとも同じように連絡を取り合ってたの?」 「……想像に任せる。」 「あなたがロージーで?」とユナが言ったので、次に、シェーンはどんな名前を使ってるの、と尋ねられる前に、親指を自分の喉元に向けて「イリヤ。」と訂正する。 「シェーン、あなたもとんでもないボーイフレンドを持ったものね。」とユナは呆れたように言った。 「とんでもなく有名な、だろ?」と胸を張ると、ユナがため息をついて、おお神よ、と言わんばかりの声で「イリヤ。」と俺の名前を口にした。 デイヴィッドと並んで合いの手を入れるタイミングを失ったシェーンは、顔を赤くしていた。 「シェーンのことは、後悔させない。」とユナに言って、デイヴィッドにはウインクする。 「私も後悔しない。有名な息子が出来て嬉しい。」 案外ノリがいいデイヴィッドは、いいかな、と俺に握手を求めて来た。 「イエス。」シェーンの親なら、いくらでも。 さて、ユナにボーイフレンド失格の烙印を押されないうちに、このあたりで退散した方がいいな。 「ユナは、握手よりキスとハグの方がいいか?」と腕を広げると、今度はシェーンが「イリヤ・ロザノフ!」と叫んだ。 それ以上は許さない、と言わんばかりにシェーンは仏頂面になった。 シェーンは、さっき俺とユナが二人して「ラヴァーズ」という言葉を使ったときもそうだったけど――両親の前では、当たり前だが驚くほど子どもっぽくなる。 「シェーン、お前が嫌がるなら、キスはこの先もお前専用だ。」 シェーンに近づいて、マウス・トゥ・マウスのキスをする。 ついでに、そばかすにもキス。 「機嫌直ったか?」 「……。」 シェーンは沈黙し、俺は待った。 「……親の前で聞くなよ。」と言った。 親公認になったこの状況で、今更、何を気にするっていうんだ?
イリヤ・ロザノフのお堅いボーイフレンドの顔には、あんまり両親の前でいちゃつきたくない、という気まずい表情が、夜のネオンサインみたいにくっきりと浮かんでいた。 ……まったく。 こういうときは、さっさと開き直った方が、気が楽になるだろうに、シェーンと来たら。
シェーン、お前を愛してる、ともう一度ダメ押しのキスをすると、僕も、とシェーンはため息を吐いてやっと言葉にした。 ……本当に可愛いヤツ。