You have to try so hard. (HR/ホラノフ)
部屋の外から差し込む朝日のまぶしさと鳥の鳴き声に目を覚まして数分。 コテージで過ごす最後の時を惜しんで、シェーンはベッドの中にいた。
一緒に朝食を食べて、イリヤを人の少ない朝一番の飛行機でボストンに送り出す。 それが、今日の第一の、そして最重要のミッションだ。 昨日までは、イリヤと過ごすゆっくりした時間と起き抜けのセックスを十分に楽しんでから起きるという贅沢を存分に楽しんでいられた。 日をずらしてモントリオールに戻ることを決めているから、明日から、シェーンはこのコテージにひとりだ。 見送るまでの短い間だけじゃなくて、イリヤとぴったりくっついている幸せとあたたかさをずっと感じていたかった。 起きなきゃならない、と思いながらも、イリヤが寝ているうちは起こしたくない、と自分に言い訳をして、身じろぎもせずにベッドの中にいる。
Я хочу быть с тобой всегда
耳に入って来たのは、聞き慣れないロシア語だった。 この二週間でシェーンが気付いたのは、どれだけ寝呆けていても、イリヤは常に、シェーンの前では英語で話すようにしている、ということだった。 出会ってからの長い間、セックスをした次の朝まで一緒にいるという機会は稀だった。それでも、セックスをしている間も、終わった後でも、悪態を付く時ですら、イリヤはずっと、英語を使ってシェーンとコミュニケーションを取ってきた。 例外は、葬儀の後のイリヤにロシア語で話したら、とシェーンが提案したあの時と、初めて愛していると告げてくれた夜。 その二度だけだ。
「イリヤ、今なんて?」
「いや、別に。」
「そう?」
「パッキングが終わってないって言っただけだ。」
「嘘つき。」という声に小さな不機嫌がにじむ。
「服は昨日のうちに、ほとんど詰めてたろ。」
そう。初日にイリヤがここに持ち込んだ荷物は、あの小さいスーツケースに入るだけだ。 ボストンのイリヤ・ロザノフが、オタワ空港を経由してシェーン・ホランダーが所有するケベックのコテージを訪れたことは、当分はトップシークレットでなければならず、シェーンの両親もそれは分かっているから、イリヤとの暫くの別れを惜しむ軽いハグだけに留めて、思い出と、食事以外の手土産になるようなものを持たせたりはしなかった。だから。
「後は何を詰めるって言うんだ、」
「んん、歯ブラシとか?」と言って、誤魔化すようにイリヤは首を傾げた。
さっさと機嫌直せよ、とイリヤはシェーンの唇に軽いキスを落として、ぎゅう、と抱きしめた。 そんな可愛い顔をしたって無駄だ、正直に白状したらどうだ、と問い詰めたいのはやまやまだけど、この二週間がずっとそうだったように、なし崩しにセックスの流れになってしまうと、とても困る。 こんなにも離れがたいのに、搭乗時間に間に合わずに空港でイリヤの名前が呼ばれることだけは回避したい。 シェーンのジレンマを、このボーイフレンドは分かっていないように思えた。
仕方のないこととはいえ、なんだか、自分たちの今の状況が、少し哀しくなってきた。 この先、イリヤがこのコテージに来るのはこれっきりじゃない、と分かっているし、両親にも、イリヤの滞在中にここから遠ざけるような嘘をつく理由もなくなった。 シーズン中は難しいだろうけど、寒い時期に、また来たい、とイリヤは昨日、両親の前でまっすぐに言葉にしてくれた。 来シーズンはきっと、肋骨が治ったイリヤと顔を合わせて、また敵同士で競い合うことになるだろう。あるいは優勝カップをニューヨークに持って行ったスコットからカップを取り戻すのも、いつも以上に楽しいに違いない。 それでも、十分じゃない、と僕は感じている。 十年もの間、同じことを繰り返しやってきたのに。 昨日の夜に戻って、ルーンが鳴いてるという口実で、膝の上に乗って来るようになったイリヤと焚火の前でゆっくり過ごすことができたら、どんなにいいだろう。 涙が浮かんできそうになってまばたきすると、シェーン、となだめるように名前を呼ばれ、額にキスが降って来る。
「シェーン。」
「うん?」
「この二週間は、互いに正直になるって約束しただろ。」とイリヤは言った。
シェーンは、駄々っ子のように首を振った。 離れたくない。 何か話してないと泣いてしまいそうなのに、舌が勝手に口の中で固まってしまったようだった。 イリヤは、こちらが言いよどむ様子に何かを感じ取ったのか、首の裏を優しく撫でて、大丈夫だ、と言った。 大丈夫、大丈夫、大丈夫。 いつかのタンパの海で足元に寄ってきた波のように、イリヤの声が静かに耳に響く。 こちらを見つめる、イリヤの瞳。 「ずっとここにいたい。」という言葉が、自然と、口を付いて出て来た。 額にキスをしたイリヤが呟いたのは、さっき聴こえて来たのと同じフレーズだった。
君も、同じ気持ちだった?
「愛してる、イリヤ。」
「俺もだ。」
「ロシア語、本当に勉強するからな。」というと、イリヤはこちらの顔を見て、瞬きした。
「やるなら一生懸命やれよ。」と言って、イリヤは嬉しそうに笑った。
Я хочу быть с тобой всегда/I want to be with you forever :長期的な恋愛関係にあるパートナーに対してのみ使用される表現